2022.05.01
風薫る5月。新緑が美しい季節になりましたね。
今回のコラムは引き続き京都の和菓子について紹介します。
私にとってお菓子はコミュニケーションツールの一つ。仕事でもプライベートでもお渡しするお菓子は、自分の手が離れたあとも私に代わって気持ちを届けてくれるような気がします。また、仕事で尋ねた先で必ず出てくるのがお茶とお菓子。いつぞや訪ねた社寺では羊羹が出てきたので何気なく話をふってみると、ご住職がお好きであることがわかりました。お菓子を介して話が弾み、美味しさを共有できる。起業やビジネスにも欠かせないものと思います。
そんな菓子の中でも、トップオブ菓子とも言える上菓子について書きたいと思います。何かとビジネスシーンに登場する菓子ですから、知っておくとちょっと役立つかもしれません。
上菓子は、四季折々の風物や歳時などを表現した生菓子のことで、全国的に作られている和菓子の一種。とはいえ京都の上菓子は京菓子とも呼ばれ、他府県とは一線を画す、ブランドが確立されているようにも見えます。お値段も京菓子1個でケーキ1ピースと同じくらい。お茶席などでお目にかかる上等なお菓子なのです。
そんな京菓子の特徴は“デフォルメ”。
美味しさはもちろんですが、形、名前ともに何をモチーフにしているのか、あえてわかりにくく作るのが信条です。
例えば梅の花をモチーフにした京菓子、みなさんだったらどんなものを創作しますか? また、どんな名前をつけますか。
梅の花だから赤。花びらをかたどって名前は「梅」!
…確かに間違いではないのですが、これだと京都では「無粋」「そのまんま」と残念がられてしまいます。何が足りないのでしょうか。
それは、“ほのめかすこと”です。
一口に梅と言ってもさまざま。
表現したい梅がまだ降り積もる雪間からのぞく一輪なのか、どこからともなく漂う馥郁たる香りなのか、あるいは満開を迎えた梅なのか。刻一刻と移りゆく季節のどこのどんな梅をうつしとるのかで表現は大きく変わります。1年を四季ではなく、二十四節気、あるいは七十二候で考え、その時の香りや吹き抜ける風、生き物たちの命の営みまでも題材にする。しかも意匠はあくまですっきりとシンプルに。ぼんやりとさせるのが京都流なのです。
なぜあえてわかりにくくするのか。それは平安時代に天皇や公家たちが嗜んでいた和歌や源氏物語などの文学がルーツと推察します。和歌の世界は完結した表現や整った言葉は詩歌ではないとされていました。当時紙が貴重であったことも短い言葉にさまざまな意味を込める後押しになったのでしょう。その後、京を中心に漆芸、陶芸などが発達し、さらに茶の湯が興隆。銘というキーワードを介した世界に遊び、交流していた茶道の文化が今も京菓子に息づいているのです。
京菓子が少しでも理解できれば、京都人の懐に入れる日も近い!かもしれません(笑)。そんなわけで、わかりにく定番京菓子を3つご紹介します。これさえ覚えていれば恐るるに足りず、です。
第3位は「菊の着せ綿」。重用の節句である9月9日前夜に菊花に綿を冠らせ、翌朝、夜露と香りを染み込ませた綿で顔を拭うと不老長寿になるという中国の故事に因んだ菓子。9月初旬に登場します。
第2位は「唐衣(からころも)」。平安時代の歌物語「伊勢物語」の中で詠まれた「からころも 着つつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ」を題材にした菓子で、ういろうで杜若を表現しています。なぜ杜若?と思った方は歌の頭文字を縦読みしてみてください。もはやサスペンス劇場級のわかりにくさ。5月の菓子です。
そして第1位は「えくぼ」。真ん中を少しへこませて紅をちょんとのせただけの薯蕷饅頭で、赤ちゃんのほっぺ、えくぼをモチーフにしています。それを聞くと途端にかわいく見えてくるのがお菓子の不思議なところ。お正月に「笑顔の1年に」と願って賞味する、あるいは結婚や出産の内祝いに贈ります。
いずれの菓子もシンプルですが、意匠と名前、そして由来を聞けば、その物語がふわりと思い浮び先人の美意識に触れることができる。これぞ京菓子の真骨頂と思います。もし今度お菓子屋さんの前を通りかかったら、ぜひショーウィンドウをのぞいて見てください。きっと新しい世界が広がるはずです。
京都精華大学卒。東京で漫画編集者を経て京都でライター、編集企画業をしています。このたびSTART UP KYOTO運営事務局さんから「京都をテーマにコラムを書いて欲しい」とのご依頼を受け、筆を取りました。テーマがテーマですので武者震いしますが、知っていると京都の見え方、過ごし方がちょっとおもしろくなるかも、というような内容をお伝えしていけたらと思っています。お仕事の参考になれば幸いです。よろしくお願いいたします。
京都精華大学卒。東京で漫画編集者を経て京都でライター、編集企画業をしています。このたびSTART UP KYOTO運営事務局さんから「京都をテーマにコラムを書いて欲しい」とのご依頼を受け、筆を取りました。テーマがテーマですので武者震いしますが、知っていると京都の見え方、過ごし方がちょっとおもしろくなるかも、というような内容をお伝えしていけたらと思っています。お仕事の参考になれば幸いです。よろしくお願いいたします。
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